|
|
|
|
| 慶應義塾を卒業すると自動的に「塾員(慶應義塾では卒業生のことを塾員と称する)」は「三田会(と言う名の同窓会)」に入り組織化される。三田会には、年度・学部・地域・職域・諸会(体育会、同好会他)など様々な種類があり、人によっては複数の三田会に属する。そして、これら全ての三田会をまとめたものが「連合三田会」という一種の統括部門である。慶應義塾の卒業生は毎年6,000人ぐらい。そして卒業生=塾員全部ではおよそ30万人と言われている。 |
http://www.rengo-mitakai.keio.ac.jp/
| この「連合三田会(と言う統括組織)」が号令を掛けて毎年、10月中旬の日曜日に慶應義塾日吉キャンパスで行なうのが「連合三田会大会」と言う名のイベントで、例えば今年の大会の正式名称は「2005年慶應連合三田会大会」となる。 |
| 「連合三田会大会」は卒業30年目の塾員が主幹事となって全体を取り仕切り、10年上(卒業40年)の先輩がアドバイザー的に君臨し、10年下(卒業20年)と20年下(卒業10年)が後輩軍団として労力を提供するという構造になっており、この四世代に渡る当該年度の組織を「実行委員」と呼ぶ。大会当日の実行委員動員数は約1,000人強であるが、大会当日の来場者が例年15,000人から17,000人の間ぐらいなので、1,000人でも足りないぐらいの大忙しと言うことになる。 |
| つまり、連合三田会大会は「非常に大規模の同窓会」と言うことになるのだが、イベントとして有名タレントは呼ぶは、銀座名店会総結集みたいな模擬店はあるは、アカデミックな講演会はあるは、そして豪華福引抽選会や記念品はあるはと、それはそれは(正に百聞は一見に如かずなのだが、単純に)同窓会と言うには余りにも質・量共にとんでもないイベントなのである。 |
| しかししかし。かく言う筆者は公立小学校から慶應普通部(中学)に入り、慶應義塾大学法学部法律学科を卒業したのだから間違いなく塾員だが、これまでは三田会とは殆ど全く関係がなかった。連合三田会には何度か行ったがこれまでに手伝ったことなど一切無かったし、誘われたこともなかった。そもそも、このHomePageの筆者の好き嫌いをまとめたページに、嫌いなものとして同窓会と書いてあるぐらいである【笑】。 |
|
|
|
通行許可証と駐車許可証を発行して貰って正規に日吉キャンパスに乗り込んだルシーダ君
|
| ところがどうしてぎっちょんちょん【笑】。どう言う訳か足掛け5年前ぐらいから同期会(正式には第116期三田会)に引っ張り込まれ、そしてそして、あれよあれよという間に何故か2005年慶應連合三田会大会の実行委員になっちゃったのである。それもただの部会員ではなく、本年度大会実行本部副本部長並びに本部総務副部会長並びにIT/WEB担当並びに大会公式プログラム編集長なんてことになっちゃったのである【爆】。それというのも、筆者は卒業30年目の主幹事年度の塾員であり、更に運の悪いことに53才のおぢさんおねーさん仲間の中では、ITだWebだ企画だデザインだってことにトータルに通じている珍しいような便利系雑学の大家(自称)であり、更に更に困ったことに仕事が暇だしSOHOだから時間の自由度が高いので本人=筆者だ=がその気にさえなれば、最も手伝いやすい環境にあったからなのであるのであるのであーる【苦笑】。 |
| この結果、ここ2年ぐらいは主たる業務は2005年慶應連合三田会大会準備ってぐらいに忙しかった。何しろ1,000人以上が関わる大イベントのWebSiteとメールの管理、会議の議事録の管理、その他、データ関係の作成、加工、保存などなど。更にはデジカメ撮影の責任者でもあったりして【苦笑】。その上、例年は1年前からの作業をどう言う訳か2年半前から始めたので仕掛かり期間が異常に長かったのである。そんな異常事態になったのは我々主幹事年度への遠慮や配慮がまるで無い(本来はオブザーバー的立場であるはずの)10年上の一部先輩連中に依るものだが、この種の世界の上下関係は絶対的だからどうしようもない(だから、前述のように筆者は同窓会や体育会的な組織は大嫌いなのだ、本来は)。 |
| しかし、ある役割を引き受けてしまったんだから、2005年慶應連合三田会大会が終わるまではそんなことは言ってられない。大会が終われば前述の暴走気味の先輩連中の顔を見ることは二度とないのだから、あるいはもしもどこかで顔を見る機会があっても、もう関係ないんだからと言うことで、とにかく「仕事と割り切って」作業に邁進した。 |
| ところで大会当日に何が起きるか判らないのでPowerBook G4 15"だけでなく、我が家で使っているPostScript対応プリンターと同じレベルのデモ機を手配し、更にEthernetネットワークが完備した新しい校舎を拠点とした。この手のことは前述のように同期では筆者以外に詳しい人間が居なかったので純粋に専管事項として勝手に采配できたのは幸いであったが、この設備があったお蔭で、大会の前日と当日で全部で2,000枚以上のコピー&プリントをしたのには驚いた。もしも事実上私設の臨時OAセンターが無かったら、これらはどうやって処理したのだろう?【笑】。 |
| それにしても三田会はシステムとして良くできているとしか言いようがない。今の形式の連合三田会大会は1964年から続いているとのことだが、やる方は10年に一回の役員=実行委員だし、本気でやるのは卒業30年目だけ=つまり、一生に一回だから楽しかったことも苦しかったことも頭に来たことも全ては「良き思い出に昇華されちゃう」からである。つまり主催するのは連合三田会という上位組織だが実施するのは当番年度であり、実行する方は毎年違うメンバーだから、それすなわち「独立自尊」と言うわけなのだ。 |
| と言うわけで、聞くところによると慶應のような「同窓生の組織化」が出来ていない早稲田など他大学が、連合三田会を真似た組織作りを目指しているらしいのだが、それは無理と言うもの。同窓会の組織化の目的は寄付金集めにあるのはミエミエなのだが、そうは問屋が卸さない。こればっかりはシステムの問題ではなく、それこそ伝統と実績がモノを言う。今頃から似たような組織を作ろうと画策したって一朝一夕で出来るもんじゃないと言うことは実際に2005年慶應連合三田会大会に関わってみて余計に理解できたのである。 |
| それは一体どう言う事なのかについては触れないが、とにかく、我が慶應の組織力は半端じゃないのである。面子も半端じゃないのである。いざというときの動員力、手弁当パワーのもの凄さ、ありとあらゆる伝手(つて)、コネクション、資金力などなど、ほんと凄いとしか言いようがないのである。 |
| ちなみに2005年慶應連合三田会大会が終了してちょうど一ヶ月目だが、筆者の「仕事」は全然終わっていない。なんでならば「全ての報告書の取り纏め(例年は書類=プリントアウト=が主だが今年は徹底してデジタル化)←筆者の趣味」そして「次年度実行委員への引き継ぎ作業」があるからである【爆】。 |
|
|
|
2005年慶應連合三田会大会・慰労会の映像と音声のコントロールを行なうブースに鎮座在す我が愛機=PowerBook G4 15"君。ちなみに中央の機材はプロジェクターへの出力切り換えをするデジタル・アナログ・コンバータ。その上は音声のミキサー。右の2台は業務用のVHSデッキ(2台)と小型のモニターテレビ。要するに「筆者は何屋?」な状態【笑】。それにしてもPowerBook G4はマジでなでも出来るし、プロフェッショナル業務に堪える素晴らしいコンピュータであると再確認♪
|
|
|
|