2008.08.08[土]更新
ぷろふぃ〜る番外編
2002.03.02(土)
▽
このページのプロフィールは
慶應同期会HomePage
で月替わりの編集長をした時のもの
(編集長担当期間:2002.03.01〜31)
普通部時代
昭和27年5月6日(火)午前4時半、品川区旗の台の昭和医大病院で生まれる。体重は3310グラム。家は池上線長原駅徒歩5分。白百合幼稚園 → 大田区立赤松小学校、そして無事受験戦争をくぐり抜けて慶應普通部入学。受験番号286番。クラスはD組であった。普通部で一番楽しかった想い出はスキー学校である。スキー以外で填っていたのはThe Beatlesと007/ジェームズ・ボンドと、そして何と言ってもクレージーキャッツと奥村チヨ♪
塾高時代
塾高時代、冬休みと春休みはスキー、夏休みは普通部仲間とJR周遊券で国内旅行に勤しんだ。その頃からベースとギターを自己流で弾き始めたのだが、その塾高の脱出には4年かかってしまった。落第後の同じクラスにジャズ・バンドを組んでいる連中が居て、ギターが本物のLes Paulだからと言うだけの理由で加入に成功
(^^;; 日吉祭で生まれて初めてステージに立ったら病みつきになってしまった。勿論、The BeatlesとLed Zeppelinを中心にレコードを聴きまくっていた時代でもある。
なお塾高の終わり頃に池上線長原からとなり駅の洗足池に引っ越した。
大学時代
■
ZoneTime
日吉祭出演で味を占めた僕は大学になってから自分のバンドを組んだ。名前はZoneTime。上の写真は大学一年の時にZoneTimeとして最初に出演した学内イベント「MUSIC IN」での演奏風景。その直後の三田祭ではディスコを運営し小林克己君の協力で当時、飛ぶ鳥を落とす勢いだった「カルメン・マキとOZ」がノーギャラ出演なんて事もあった。ダンパー【死語】に出たり、自宅のリスニングルーム兼スタジオで録音したりして、4年の時には全曲オリジナルの自費出版レコードまで製作したが、勿論、あくまで趣味の世界である。下の2枚の写真は、そのリスニングルーム。今現在でも
真空管アンプとJBL
の目の醒めるような大音量は健在。オーディオへの投資額は余り大きな声では言えない。
1972.10.19
My Audio Room in 1972
My Audio Room in 1976
■ 旅行
普通部からの友達連中より一年遅れて大学へ。しかし相変わらず一番仲が良かったのは普通部D組仲間だったので、塾高時代の国鉄周遊券旅行に引き続き、運転免許を取ってからはクルマで日本全国の殆どをくまなく旅行した。社会人になってからの出張を含めて、日本中で行ったことがないのは宮崎県と鹿児島県だけである。左の写真は
ブルーバードU
を買って一週間目に東北周遊旅行をした時のもの。石川さゆりの「津軽海峡冬景色」の歌い出しで有名な、あの竜飛岬である。
なお大学三年の時には広研の後輩に誘われて「フランス文化研究会主催欧州研修旅行」【笑】でヨーロッパを一周。欧州文化の厚みに感激したが、帰りの南回りは遠かった。
1972.07.24 - 08.01
■ 広告学研究会
大学時代は広告学研究会に入っていた。パートは写真。当時の広研には何故かクルマ好きが多かったので、広研の本来の活動とは全く関係なく、ラリーの真似事なんかもやっていた。左の写真は「これからぶっ飛ばすぞぉ」と滅茶滅茶気合いが入っている僕。
広研と言えば葉山のキャンストだが、三年の時は渉外担当役員になった。開店期間中は渉外の仕事はなくなるので、趣味と実益を兼ねてZoneTimeでバンド出演をして集客に貢献したつもり(左下)。
右下は8月末の打上げの時の記念撮影シーンだが、この撮影直後から役員を海にたたき込むという恒例行事が始まるのだった。
1972.12.02 - 03
1975.07.28
1975.08
■ アルフェッタ
大学三年の秋にアルファロメオ・アルフェッタを手に入れてからは、今まで以上のハイペースで「狭い日本、急げばとっても速く着く」そして「前にいるクルマは全て抜く」をコンセプトに全国を駆け回ったのだが、そのついでに中津まで足を伸ばして、ちゃんと在学中に福沢先生旧居にも行った。この時の日程は目茶苦茶で、深夜出発 → 翌朝米子 → 津和野 → 秋芳洞 → 門司 → 中津 → フェリー → 八幡浜 → 四国横断 → フェリー → 淡路島 → 神戸 → 鈴鹿サーキット → 東京ってな調子。2550kmを5日で走破。大体、いつもこんな調子で日本全国を走り回っていた。
ちなみに免許を取った18歳からバブル崩壊ぐらいまでに乗り継いだクルマはアルフェッタを含めて延べ17台。まさしくクルマは僕の青春だったのだが、今は全く必要がないので殆ど運転することはない。前述のオーディオと同じく趣味としては過去のものである。
1975.08.04 - 08
■ スキー
普通部一年のスキー学校で始めたスキーにはすっかり填り、その後、30代前半までは毎年のように志賀高原、苗場、白馬、野沢、手稲、富良野などに通った。大学三年の時にはサンモリッツにも行った。左の写真は卒業前最後のスキー。志賀高原一ノ瀬スキー場に長期滞在。広研の後輩を中心に延べで60人ぐらいが入れ替わり立ち替わり泊まりに来た。写真中央で僕が手にしているのは広研の三色旗。馬鹿なことに、この三色旗をストックに付けて滑ったものであるが空気抵抗は凄かった。
1976.02.17 - 03.06
サラリーマン → 脱サラ
就職活動においては丸紅の最終面接まで受けた。面接官は「あの」伊藤専務だった。しかし実際に入社したのはレナウン。レナウン入社直後に「ロッキード事件丸紅ルート発覚」。結果、大正解。さて、レナウンに就職した時点ではやる気満々だったのだが三年半で退社。辞めた当時のレナウンの株価は750円。今は55円(2002.02.19現在)。売上げは半分。社員数は5分の1。これまた結果オーライ。なお、何で辞めたかと言えば、全く突然に会社に行きたくなくなったから。左の写真はアミカと言う雑誌の取材を受けた時のもの。つまりプロの撮影。
レナウン退社後は少々のアルバイトの後、1981年に
自分の会社
を設立し現在に至る。1999年に大リストラを敢行して、今はSOHO(職住一致)社員無しなので気楽な稼業と来たもんだ(c)植木等………でもないのだが、まぁなんとか食っては行ける状態ではある。
1976.05
world fashion creatot RENOWN Information '78 (c) Renown
▽
脱サラ後
マツダの仕事でパリへ
1989
Apple Japan DTPセミナーのプレゼンテーター
1990
パリ郊外のゴルフ場にて
1989
信州某所のリゾートにて
1986
現在
■
Macintosh
我々の世代が大学を卒業してから生まれたパソコンだから、おぢさん的には乗り遅れる可能性が高いわけだが、僕の場合は仕事の必然性(企画書作成)で富士通オアシスを早期に導入し、その関係からNIFTY SERVE(現・@nifty)に填り、そこで知ったMacintoshに填って乗り換えてから人生が変わった。今までに入手したMacは延べで27台。1999年サブ機として
iBook+AirMac
を買ったら余りに便利なので、それまでのデスクトップ機と周辺機器を全部処分して、今は
PowerBook G4
がメインマシン。Macについて書き出すと切りがないので細かいことは省略するが、とにかく、今となってはMacがないとライフスタイルの全てが成立しない。そして出掛ける時には
Apple iPod
が欠かせない。
PowerBook G4 and iBook(tuxedo)
■ 50s Blues Band♪
たまたま三年前に仕事の関係の10才歳下の「東大バンド」に客演していたのだが、それが10数年ぶりのバンド活動。これである程度は腕が戻ったところで50s Blues Bandのお誘いがあったので嬉々として参加。いい年こいて、これほど完璧なストレス発散の場はない。左は我が愛機達。ギターは昔も今も
Gibson Les Paul
。1968年製なので既に34年目(ちなみにLes Paulが世に出たのは僕と同じ1952年)。色々と改造して実に良い音であり、フレットレス・ワンダーの名に恥じない弾きやすさ。後ろは今や絶対に手に入らない初期型のMUSICMANのギターアンプ。見かけによらず馬鹿でかい音が出る。手前は最近入手した
SansAmp TRI-A.C.
と言うエフェクター。全て小林くんのRGSスタジオに置きっぱなしにしてある。
下左は自宅の「ギタースタジオ機器」。ギターはGibson SG。PowerBook G4とDigiTech RP2000(デジタル・エフェクター)の組合せでヘッドフォンでCD(MP3)との合奏が出来ちゃう。
下右は客演バンドのライブ時。場所は渋谷のGIG-ANTICと言うライブハウス。
その下はつい最近衝動買いした
ベースギター
。
一番下は#38AMでのジャムセッション。
Gibson Les Paul, MUSICMAN 112RP
SansAmp TRI-A.C. in RGS Studio
Gibson SG, DigiTech RP2000
PowerBook G4, SONY MDR-F1
2000.11.23
客演バンドのライブにて
曲と合わせてベースを弾くのは塾高の時からの趣味。上記のDigiTech RP2000は高級オーディオ並の性能なので、実はギターよりベースに向いていることを発見。物凄い重低音がヘッドフォンで味わえる
今どきの国産品は安価でも驚くほど品質の良いものがある。これは実売価格3万円を切るIbanezの安物だが音質も弾き心地もグッド。そう言えばギターもベースもカラーは全部、赤系だと気が付いた
先日の#38AMコンサートの二次会で小林君と突発的ジャムセッションをやった時の写真。ベースはAMの出演者から急遽(無理矢理)貸して貰ったジャズベー
■
来夢(らむ)
子供の頃から完全に「犬派」だった僕で、子供の頃は記憶にある限りでも、スピッツ → コッカスパニエル → マルチーズ → マルチーズと色々飼っていた。それっきり30年以上、ペットとは無縁だったのだが、
二年前にチンチラ・シルバーを買った日
から完全なる猫派に一瞬にして君子豹変した。そのチンチラが不治の病で半年で死んじゃったので、一年待ってから新たに入手したのが写真の来夢ちゃん(チンチラ・ゴールデン)。漫画のようにかわゆい。Macと同じく、今や我がライフスタイルに絶対に欠かせない存在。50's にも僕のHomePageの「来夢ちゃん日記」を通じてファンが多いようである。
ちなみに来夢ちゃんはこの3月12日(火)で満一歳になる。
生後2ヶ月
おなじく生後2ヶ月
生後8ヶ月
お遊びで来夢を「ブランド化」しオリジナル時計まで作ってしまった凝り性かつアホな僕(^^;;
▽
現在の居所は駅で言うと井の頭線明大前と永福町の中間の井の頭通り沿い。新宿へも渋谷へも急行で7分と言うロケーションは便利の一語。だからクルマは実家の駐車場に置きっぱなし。賃貸マンションに最初から組込みの
CATV=J-COM Broadband
でテレビもブロードバンドもバッチシ。
来夢ちゃん見学会は常時開催中
(^^)v
▽
おまけ:春分の日の記録的速さの
満開の桜 at 杉並区和泉〜方南町