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| 我が愛するApple Macintosh。朝起きて最初にすることは洗顔ではなく、PowerBook G4の蓋を開けること。Mac OS Xは即座にスリープから目覚めるので自動的にE-Mailのチェック。夜寝る前にすることはPowerBook G4の蓋を閉めてスリープさせること。つまり愛機PowerBook G4は一年中、電源を落とすことがない。Macintoshに填って早10数年。毒林檎とはよくぞ言ったものである。最近のトピックスは超久々=4年ぶりにPowerBook G4を最新型のMacBook Pro (Late 2008)にしたこと。筆者とMacintoshについての詳しい話は『That's談・Mac談義』にて |
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| こんなに馬鹿みたいに沢山のMacを買う気はなかったのである。うちの会社は最も多かった時でもMacを使う人間は同時には4人しか居なかったのである。 さて、一番最初のMacPlus同時5台と言うのは、富士通オアシスに慣れた思考回路と指を早急かつ強制的に切り替える必然性から会社と自宅に常備するためにどわっとまとめて揃えたからである。しかしMacPlusはMac初心者としても余りにも遅く、すぐにMacIIを導入。それが3台に増えたのだが、この3台のMacII全部をMacIIfxにアップグレードしたときは破産するかと思った[苦笑]。なんたってメインロジックボードは55万円もしたのである。後はお定まりの毒林檎地獄。我が社経営破綻の重大要因だったのは確かである(遠い目…)。 上の表でグレー表示は売却したか譲ったのでもう手許にはない。古くなったコンピュータはたとえMacであっても無価値=ゴミなので残しておく意味がないからである。 なお上記のうち、MacIIcx、LC630、PowerMac 8500はタダで手に入れたものなので、実際に購入したのはたったの27台である[爆]。 |
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| プリンターに関しては一応、日本におけるDTPの開祖の一人だったので最初から恵まれていた。まずはLaserWriter II SCを購入し、世界初の日本語ポストスクリプト・プリンターであるLaserWriter II NTX-Jは発売前にβテストしてMacPower誌などに記事を書いた。そしてSCの基盤を交換してLaserWriter II NTX-Jにアップグレード。当時としては画期的な性能と機能に驚嘆したものである。価格は確か120万円(!!)ぐらいだった筈。 しかし冷静になってみればLaserWriter II NTX-Jの300dpiと言う印刷解像度は日本語の高精細印字にはどうしようもなく非力なので、やがて沖電気が発売したマイクロラインの一号機を導入。400dpiは伊達ではなかったがプリントは遅かった。こいつの価格は確か80万円ぐらいだった。 その後、仕事の関係でセイコー電子工業の昇華型フルカラープリンターであるProfessional ColorPoint2 PSFJをβテスト。まるで写真のような印刷品質にβテスト後に半額で購入。それでも150万円だった。しかし、今どきの2万円クラスのインクジェットの方が遙かに印刷結果が綺麗なのは言うまでもない。と言うわけで、この50kgもあるプリンターは事務所を畳むときに人にあげてしまった。 最初のRichoPriter350+FieryM3はモノクロのコピー機と400dpiのポストスクリプト・プリンターの業務用複合機。マイクロラインはB4までしか出力できなかったからお役ご免となったわけである。しかし、こいつは接続がAppleTalkなのでマイクロラインと同じくデータ転送が遅かった。 その次がRICHO IMAGIO Color2800F。ポストスクリプト・レベル3対応600dpiのプリント・エンジンと、フルカラーレーザーコピーとG3Faxの複合機。Macとの接続はAirMac経由のEthernet。業務用の企画書とかをプリントする場合は完璧である。しかも最大A3までカバーするスキャナーにもなるのだ。 しかし写真品質のプリントとなると話は別。だから、そう言う場合はEPSON PM-780Cを使う。 LabelloPCはMOのラベルやファイルの背表紙などに一時期は重宝した。HP DeskWriter 660cはLC630と一緒に知人から貰ったものだが、LC630も含めて殆ど使わなかった。貰った時点で、両方とも性能が時代に遅れていたからである。 2003年3月末に前述のRICHO IMAGIO Color2800Fがそろそろ機械的寿命になってきたのと、事務所を整理するときに他のリースをまとめた関係でリース月額が物凄いことを理由に新しいRICHO imagio Neo C240 Model 5に入れ替えた。筐体がコンパクトで起動時間・プリント処理とも速く大正解である。 なお2004年5月に実家に旧型PowerBook G4を移設する関係でEPSON PM-D750を購入したが(筆者のものではないので上のリストには記述がない)我が家のEPSON PM-780Cと大違いの静粛性にびっくり。その2年後の2006年10月にその時点で最新型のEPSON PM-G850を購入。 |
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| 1989年にLaserWriter II NTX-JとPageMaker 2.0日本語版が発売されて日本のDTPが始まった。この写真は青山スパイラルホールで行われたアップル・ジャパン主催の第一回DTPセミナーでMacのDTPソリューションをプレゼンテーションする筆者 |
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| コンピュータを使う上で大事なのはデータのバックアップ。こればっかりは全て自己責任で行わなければいけない。データが消失しても他の誰も責任を取ってくれないからである。 と言うわけで上に挙げたように今まで実に色々なストレージ・ディバイスを使って来た。乗り換えるたびに新しいディバイスにバックアップし直した。 その昔は会社には1000枚近い3.5inchFDがあったし、ある時期には数100枚のMOディスクがあった。それが今や全てCD-Rに移行である。そしてやがてはDVD-R? なおHardDiskは一番最初にMacPlusを導入した時のシーゲートの60MB(40万円!!)からSuperMacの160MB(60万円!!)、Quantumの230MB、540MB、730MB、やがてIBMの1GB、2GB、4GB、9GB、20GB、筆者にとっての初代PowerBook G4内蔵入れ換え用の40GBなどなどなど全部で何台買ったのか分からないので詳細不明だから上のリストではその辺はバサッと省略してある。 |
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| モニター遍歴の中で鮮明に覚えているのはApple純正13inch RGBモニターのクォリティ。CRTでこれを越えるものは今だにないと思う。なにしろ13inchなのに鬼のように奥行が長くて、しかも価格は当初が22万円(その後、13万円)。SONYが航空管制モニター用に使っているのと同じ製造ラインで作っていたらしいと言う噂があったぐらいに高性能なものだったが、これは純粋にジョブスのこだわりだったらしいが、とにかく本当に素晴らしい発色と際立ったコントラストが魅力だった。 SIIのCM1760LRと言うのは仕事の関係でメーカー直で在庫処分品を半値で買えたから導入したもの。1993年頃で75,000円で入手できる17inchモニターはなかったのである。 今や価格破壊であるし液晶の時代。そして筆者もPowerBook G4に移行してしまったので今は昔の物語。 |
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| Macの周辺機器は上記以外にもPCIバス用のATAカード、マウス、キーボード、MIDIインターフェース、USBハブ、各種ケーブルなどトータルでは大変な金額を費やしていることだけは間違いないが、今やいわゆるレガシー・インターフェースのものは何も残っていないので、同時に記憶も喪失。よって細かいことは覚えていない(ちなみに事務所を撤去するときに廃棄するケーブル類だけでゴミ袋一杯になった記憶がある)。中で特記すべきは当然、iPodであるがそれは別項に詳しい。 |
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8台目となるiPodはiPod classic
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IV, shure E3C, I, II,
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nano, mini, II, IV, V
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| なおフラットベッド・スキャナーは仕事上たまに必要となることがあるが、前述のごとくRICHO IMAGIO Color2800Fにその機能があるので問題は無かったのだが、RICHO imagio Neo C240 Model 5に変えたらスキャナー機能が無くなっちゃった(正確に言えば、Mac対応版がない)ので諦めた。しかし、その後、スキャナーが必要になると言うことは全く無かったのだが、ある仕事の関係で結局新たに入手。 |
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